前沢しんじプロフィール

横白ジャケ

■前沢しんじプロフィール【売上げ・利益倍増アドバイザー】

(学生時代)
高校時代からアルバイトで販促に携わる。ドラッグストアのチラシやPOP広告制作、
地元新聞社の広告デザインをやっていた。烏口を使ってタイトルを描くような時代。
見よう見まねの独学だったが何でも器用にやるので重宝された。
勉強よりも仕事が好きでいつも機嫌よくやっていたので先輩や経営者から
可愛がられた。

学校は出席日数ギリギリにして、いそいそと仕事に向かった。
授業嫌いの読書好きで、授業中は
いろんな本を読んでいた。
それでも良き先生にたくさん恵まれた。

大学時代もやはり仕事中心。
新聞販売店に正社員として就職して大学生との2足のワラジ。

仕事の内容が独立採算的だったのでそこで経営の基礎を学んだ。
売上げは伸ばし続けなければならない、落としてはいけないということを
経営目線で知った。

そんな学生だったから卒業を控えて何社かからスカウトの声をかけられた。

新聞販売店の社長からは
「新聞社本社の販売局に推薦したい」

セールスの関係で知り合った工業部品メーカー(一部上場)の専務から
「うちへ来いへんか」
アルバイト先の酒類販売チェーン店の社長から
「こんど高島屋にテナント出店するからそこを見てくれ」

ありがたかったがそのころ働き過ぎか体調が悪く(今で言う自律神経失調症)
「すんません、おれちょっと休みたいので田舎に帰りますわ」と
学生らしからぬ理由で帰郷。

 

(サラリーマン時代)
郷里で静養していたがやはり働きたく、とりあえずアルバイトでもと思って
地元スーパーのオークワ本部
に行ったらその場で筆記試験受けさせられて、
「どんな仕事がしたい?」と聞かれたので
「高校生のころチラシを作ってました」と答えると、
1週間後企画部に採用が決まった。

ウソみたいな話ですが事実です。昔はおおらかな時代でした。
そこで人生の恩師となる大桑勇社長の薫陶を受ける。
カラダは本調子ではなかったが一生懸命働いた。

入社一年で、
「オマエね、今度作るショッピングセンターの販促やれ」と言われた。

これまでのやり方をぜんぶ白紙にしてやりたいようにやった。
販促予算が膨らんでちょっと蒼ざめたが、
売れれば勝ちと思い切った。
(ストレスで不整脈になった・・・)

オープンセールは結局爆発的に売れてその年の全社会議で社長賞をもらった。

「企画部」という部に所属したが、
どの系列にも属さない部門だったので上司は「社長」だった。

だからまったく自由に動いた。
全社会議ではみんながスーツで正装なのに僕だけが
赤いチェックの
シャツにジーパンで、
カバンは普段は次女のおむつを入れいているスヌーピーのものだった。

昔から着るものに無頓着だったし、そもそもスーツをもっていなかった。
しかしこの時はいかにも
場違いで急遽近くの店の店長に頼んで作業ジャンバーを借りた。

そのあとすぐ社長から
「オマエね、販促会議というのを作って店長連中集めて毎週やれ」と言われた。

これもまったくわからないままやり始めたが、回りはベテランばかりでここで鍛えられた。

これがその後の30年以上の自分の本業の礎となったんだから人生わからないもの。

その2年後くらいに今度は
「オマエね、一度店を見て来い」と支店に転勤を命じられた。

仕事はすごく面白かったが「こんなに一生懸命働くなら自分でやろう」と独立を決意した。
28歳だった。

わずか5年のサラリーマン生活だったが、おもしろかった。
その後オークワは株式上場して着実に
成長していくことになる。
いまでは南近畿ナンバーワンの小売業で年商3000億以上となった。

OBとして誇りです。
大桑勇社長は人生の大恩人。感謝してもしきれない。おおきに社長・・・

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(独立起業)
さて独立して始めたのが「販促企画の事務所」。
なじみのない業態だったので「とりあえず収益はチラシの請負にしよう」と考えて、
そこに集中した。

ちょうどスーパー時代の友人が畜産業の専務になっていて
「こんど精肉店チェーンをやるから手伝って」
といわれてやり始めた。

1986年、当時まだそれほど一般的でなかった
CI(コーポレートアイデンティティ)プロジェクトを
展開し、
地方の中小企業としての本格的CIの先進例となり業界紙に大きく取り上げられた。

1992年にはこれまで蓄積してきた販促ノウハウを販促企画書にまとめて自家出版。
電話が殺到して
数日間で1冊1万円のものが全国で数百冊売れた。
これにより「知的再生産」の重要性とそのマーケットの
可能性を確信した。

さらにロス退治という新しい利益創出法を開発し、
取引先の全社員運動として展開して1700万の純利益増を果たした。

失敗も山ほど!!

1995年ごろには ビデオ機器を導入して映像部門を作って
会社案内を受注して年間1億売上げよう
と画策、
しかし田舎にそんなニーズがたくさんあるわけなくあえなく失敗。

2006年ごろには「食うものは失敗しないでしょ」という
単純なもうけゴゴロ満々でレストラン開業。

開業理由の半分は娘二人のとりあえずの就職口のため。
ところが二人ともすぐ結婚という永久就職をして
裏切られて(幸せだから許す!)
1年半で撃沈。
でもビジネスモデルは完璧に生きているので、
このノウハウ
を再び世に問うことでリベンジしたい。

その他もくろみ外れは数知れずです。
人生とはそういうもの。「1勝9敗、上々」です。


失敗が多いという事は、それだけ新しい事にチャレンジしているという事、
その上ではじめて1勝できる
チャンスがあるということだと思います。
失敗って失敗じゃなく良い経験だと思う。

それによって色々なことを学べるからね。命とられるわけじゃないし。

約30年間、取引先の食品チェーン店全店を地域一番店に導く上で
さまざまな戦略を実行した。

売上げ分析、商圏調査、競合店対策、ラインロビング、販促キャンペーン、
販促計画、
マーケット創り、新商品開発、固定客化策、店舗出店戦略、
チラシ内製システム、
チラシ6000本攻撃、広告戦略、誘客システム、
POPシステム、社内活性化、会議500回以上、
社員研修100回以上、
手づくり社内報100号発刊、CIシステム、美化運動、従業員マニュアル、

アルバイトマニュアル、ロス退治戦略、クライシスマネージメント、
社会貢献制度導入、などなど。

 

(58歳、第二の起業)
2010年4月より、これまで蓄積した経営、販促ノウハウを公開して
すべての経営者の方々に
役立てていただこうと著作活動を開始。
2010年、売りの現場で蓄積したノウハウを「販促の地図」という体系にまとめた。
2010年、日刊メルマガ「経営と販促のアイデア」をまぐまぐより配信(現在も継続中)
2011年、「販促キャンペーン実践法」(同文館出版)を出版。
2012年、「イッキ売り!ノウハウテキスト&CD」を企画開発。
2013年、雑誌「商業界」に「10年間伸ばし続けて年商2.3倍事例」執筆
2013年、「ロス退治術ガイドブック」の企画制作。
2013年、雑誌「商業界」に「消費税導入対策・純利益を生み出すロス退治術」
8ページ特集を執筆。

2014年、電子ブック「地域一番店販促」を企画執筆。
2015年、もっと身近でノウハウをお伝えしたいと講演・セミナーを展開スタート。
2016年、金融機関からの依頼でスーパーマーケットチェーン店の営業・販促指導開始。
15年連続前年対比マイナスを販促キャンペーン中心の波状攻撃により
わずか3カ月で昨対100%達成。
しかし経営者と営業方針の食い違いから2年余で契約解消。
その後店舗を切り売りして現在は1店舗のみになっている。残念。
2020年現在、講演・セミナー、コンサルティング、メルマガ執筆などに邁進中。

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●個人としては【人生イキイキアドバイザー】として実体験をもとに、
執筆と講演活動を展開中。

≪著作≫
・「人生の午後 男の居場所」(文芸社)
・「愛ってヤツは非行に効かんのかい!」(文芸社)
・「貧乏こそ神。おカネはなくてもゆかいな老後」(アマゾン書店)
・★新刊「夫婦の二人三脚介護術・役に立つ介護アイデア30+1」(アメージング出版)

・自己啓発メルマガ「人生を変えるキッカケコトバ」配信中(現在1360号を超えている)
家族は現在、妻とネコ1匹。一男三女は独立。
趣味はウォーキング、
自転車、テニス、ギターなど。

性格はせっかち。O型天秤座。気の小さいウサギ年。
見栄や物欲は少ししかありません。

人に喜んでもらうのがうれしい。

楽しみは食べることと飲むこと。
自称アンパン評論家。小さい頃から何千個食ったか。

最後の晩餐は牛スジ煮込みと日清焼そばです。

前沢しんじと申します。よろしくお願いします。